昭和の懐かしい正月風景・・豊川稲荷、そして「豊橋カレーうどん」

最近一年の過ぎる早さと言ったら。

それだけ歳をとるのが早くなっている。

本日の読売新聞に面白い記事があった。

「デジタル世代・未来をひらく」

今当たり前に使っているパソコンやスマホ。

そのデジタル時代の誕生日が1995年の「ウィンドウズ95」の発売。

その時生まれた子供は昨年20歳になった。

しかもそれは平成のこと。

昭和ははるか昔のことのようだ。

自分が子供・思春期・青年と過ごした昭和のとき、親父たちを古いと思いビートルズを聴いていた。

しかし今はビートルズはクラッシック・ロックだ。

今になってみると、僕はデジタルは使いこなせず、若者たちからは古い親父の世代になった。

しかし亡き親父が口癖だった「あのころは良かった」・・と言う言葉の意味が、今すごく分かるのである。

最近、いや今年もそうでした。

正月がどうも年の変わりの節目だけに感じる。

そう、あまり正月らしく感じなくなったのは僕だけだろうか・・?

正月の風景は、凧揚げ、羽付、福笑い。

福笑いなんて今の子供たちは知っているのでしょうか。

すごろくもやりました。

正月は親戚や隣人が集まり、親たちは朝から酒盛り。

子供たち今のようにニンテンドーDSなんてないからみんなで正月の遊び。

そう、決して豊かではなかったけれど、人と人が集まり笑い声が絶えない正月がありました。

こんな話をすると友人からは
「先輩(僕のこと)は渡世人だからね〜」と言われます。

そう昭和の時代は渡世人が多い時代でした。

そんな友人の師匠(南国会仲間の名前)から「豊川稲荷に行って、帰りに豊橋カレーうどんでも行きませんか?」と言われたのは昨日。

懐かしい・・。豊川稲荷。

もう数十年は行っていません。

二つ返事で「行きます」と言う前置きが長くなりましたが、数十年ぶりの「豊川稲荷」に師匠と南国会会長と僕で行ってきました。

今日は会社初めも多い日。

豊川稲荷は商売繁盛の神様。多くの人で賑わってましたよ。



早速、豊川稲荷に続く商店街で懐かしの昭和を見つけました。







いやはや昭和です。

境内に続く山門にならぶ多くのテキヤ。



今でも寅さんが啖呵売いしてそうです。


※師匠から「豊川稲荷詣でだで、スーツで来てね」と言われてました(≧▽≦)

会長は初めての豊川稲荷でやたら興奮。

いつもはお金を回さないのに、このときばかりは奮発しましたよ。賽銭。



会長は自分には投資します。



昔は正月三が日にお参りに行きました。

賽銭投げるのに30分待ちも当たり前でした。
今日はすんなり。

僕は商売繁盛と世界の平和を祈りました・・※臨時ニュースで北朝鮮の核実験

そこから境内裏の狐の神様にもお参りをしました。



この両側にずらりと並ぶ祈願登り旗は一枚2000円だそうです。

来年は南国会メンバーで祈願しようと言う約束をしましたよ。

お参りを済ませたら師匠が「豊川稲荷だから稲荷ずしでしょ!」



ここは大行列だったので3軒隣の稲荷すしを買いました。



いやはや十数年ぶりの豊川稲荷。

仲間から「渡世人」と言われている血が騒ぎました。

まさに昭和の風景と変わらない「豊川稲荷・参拝」に大満足でした。

普通はここでブログは終わりですが、ここからまだあります。

師匠「勢川の豊橋カレーうどんを食べに行きましょう!」

豊橋のご当地グルメで有名な豊橋うどんを食べに行きました。

豊川稲荷から車で15分。

やってきました。勢川本店。



やはり豊川稲荷帰りの会社員の団体で混雑。

これが「豊橋カレーうどん」です!



一見普通のカレーうどんですが、カレーうどんの下にはとろろで覆ったご飯が隠れてます。

かき混ぜないでうどんを啜ります。※スーツでも心配ご無用!紙エプロンが付いてます

うどんが無くなったころご飯がひょっこりひょうたん島のように出現!!



カレーうどん一杯で2度美味しいと!!

いや〜新年早々めでたいに!

という訳でやっと正月を肌で感じることができました。

しかも昭和の正月。

帰りの車で興奮したおいらは会長から

「いや〜先輩といると楽しいけど疲れますね〜」と言うありがたい言葉を頂きました。

いいんです!なんて言われようとしょせんおいらは・・

渡世人・・・・



お後がよろしいようで・・・


2016年01月06日Comments(0)TrackBack(0)昭和 | START

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