風の歌・・つちだきくお(1)リターンズ

この話は20世紀の終わりの頃の素敵な出会いの話です。
5年前にアップしました。
そしてもう一度アップします。
それには理由があるのです・・



このエントリーをするのに悩みましたが、自分のブログを立ち上げた時点でこの事はいずれ書かなければいけないと思っていました。

そんな大げさなことではないけれど、FreeFlight・sunboyでいられるのはつちだきくおさんの、たった1曲だったのです。ということは、つちだきくおさんがいなければsunboyもいなかったのです。

このエントリーは、sunboyの歩いてきた道であり、音楽が人の人生を変えてしまう事が本当にあるのだと自分自身が体験したことでした。
エントリーもあえてSTARTにしました。
それはまさしくsunboyのスタートだったからです。

風の歌・・つちだきくお(1)

sunboyは今の仕事をひとり立ちする前にはいわゆるサラリーマンでした。
イベント業界に身を置いていたのです。
希望と夢を抱いて毎日を過ごしていました。
僕はサラリーマンになる前は小さいながら個人の会社(当時照明)をしていました。
でも地方で照明など生業としてやっていくのも限界がありました。
その頃は地方大手の音響・照明会社から誘いがあったのですが、それを拒み新たにスタートする会社に就職しました。
その会社は、毎日が楽しく、今まで照明と言う観点でしか見られなかったことを、大きなイベントとして見られることを学んだのです。本当に夢の様な日々でした。
これはプロローグです。

そんな会社ですが、バブルの崩壊か、いや自分の力の無さで解雇されました。

「会社を辞めさせられる」、今まで歩んできた道のりで自分の計画に無かった事です。
かなり落ち込みました。そして今後どうやって生きていったらいいか。
今まで人生順風満帆に生きてきて、すこし天狗になっていた時です。

仕事が無くなった。

毎日の糧を手にする事ができない。

でもその頃は変なプライドがあり人に頭を下げることがいやでした。

毎日を怠惰に過ごし、感情のおもむくまその日暮らしをしてたのです。

そんな中、以前仕事をしていた人から一人のミュージシャンの照明を頼まれました。照明と言っても、ホテルの夏祭りのイベントの照明(明るくするだけ)の仕事でした。その日暮らしのsunboyは、照明機材を持って現場に出かけたのです。

その歌い手の名前は「つちだきくお」でした。

つちだきくお

そして、現場に入りました。
そのイベントは地方ホテルのイベントで、お決まりの花火大会(手筒花火)がメインのイベントでした。
一応スタッフ控え室がありました。
その部屋には、音響・照明・出演者が入ると言う、これも驚いたことなのですがホテルの山門(ゲート)に控え室があったのです。

誰が誰なのか、出演者かスタッフか分からないでいました。
しかし出されたお弁当は良かったと記憶しています。

そんなホテルの宿泊者の為の「納涼祭」が始まりました。

少し天候が悪く、小雨が降っていた記憶があります。

そこに、ギターを抱えて「つちだきくお」さんが登場しました。

全然知らない人。ふ〜んて感じでした。
当時sunboyは心まですさんでいたのです。

「つちだきくおです。小浜島から来ました。よろしくお願いします」と彼の歌が始まりました。
その時そのステージでつちだきくおさんがどんな歌を歌ったか記憶にありません。
おぼろげに記憶をたどると「花」「さとうきび畑」と言う歌を歌ったのだと思います。

その歌がいいのです。

なんていうか、こんな歌手がいるのかと。

僕もこの仕事について多くのプロの歌い手と呼ばれる(中にはビックな人)方と数多く仕事をしました。
でも「つちだきくお」歌は今までと少し違う。
当時、病んでいたsunboyの心に響いたのでした。

彼は「風速80メートルの世界・て分かりますか?」と話していました。

小浜島では、台風で風速80メートルの風が吹いたそうです。
風速50メートルでバスが倒れるそうです。
その前に小浜島がどこにあるのかもまるで分かりませんでした。

小浜島


今でこそ、ドラマ「ちゅらさん」で有名になりましたが、それより前の話。
沖縄からはるか南方と言うことしか分かりませんでした。
※小浜島は沖縄本島から400km以上離れた離島です。

そしてコンサートの最後に「黄色いヘルメット」を歌ったのです。

この歌こそが、今のsunboyでいられる忘れられない歌でした・・・。

「黄色いヘルメット」その唄は、小浜島のヤマハリゾートはいむるぶしの当時副支配人だった山本さんの事を歌った歌でした。

小浜島3


つちださんから山本さんの話を聞きました。
山本さんはヤマハリゾートの社員でありながら黄色いヘルメットをかぶりホンダスーパーカブに乗って園内と島を走り回っていたそうです。
小浜島に関西弁を広めた人とも言っていました。
その人がもうこの世にいないこと。

山本さんはいつも言っていたそうです。

「間違えたらあきまへんでぇ〜。島があってからこその『はいむるぶし』なんです。その順番を間違えると、えらいこっちゃ!!」

島の人から愛されていたと言うこと。
そして、山本さんの碑がヤマハリゾート「はいむるぶし」に建立している事を知りました。

小雨が降る中、つちださんはその唄を唄ったのです・・・。

名称未設定-1.jpg

なんだか、泣けて泣けて・・・涙が止まらないのです。
見たことの無い小浜島、島を走る黄色いヘルメットの山本さんの姿が目の前に浮かびました。

もう一回、頑張ってみるか・・・

そして月日が何年も流れたのです。

当時パソコンも無く、携帯電話も出始めでしたので、今の様に情報が瞬時に分かる時代ではありませんでした。
そして「つちだきくお」の名前も、山本さんの名前も、小浜島の名前すら記憶から消えていきました。

ただあの「黄色いヘルメットが〜、島をかけめぐる〜」のサビだけは覚えていたのです。

僕ががPCを買ったのが2001年。
インターネットもメールも分からず、試行錯誤していました。
やっとADSLを導入して、ネットサーフィンに夢中だった頃です。

不思議なことに、突然「黄色いヘルメット」のサビが頭をよぎりました。
と同時に小浜島と言う名前を思い出しました。
「こはまじま・・・」と検索したら、な、何と「つちだきくおの」名前が出てきたのです。
そうだ、つちだきくおだ
鮮やかに、記憶が甦りました。
そして、つちださんにメールをしたのでした。

『突然のメールで失礼します。

僕は静岡県浜松市に住む、sunboyと言います。
freeflightと言う小さなイベント会社をしています。
長くなりますので、話を整理して書きます。

自分が独立して会社を立ち上げて間もない頃、葛城ゴルフ場の夏祭りの照明の仕事で、初めてつちだきくおさんのコンサートを見ました。

覚えてますでしょうか?

ギター1本片手に歌う「つちだきくお」に仕事を忘れ感動しました。

当時、台風の話をしていて、風速80メートルの台風の体験談をなさっていました。
僕は仕事を忘れ、あまりの感動に涙を流していました。

その時「花」と言う歌を歌いましたね。
感動しました。
そして最後にヤマハリゾート「はいむるぶし」の山本さんの歌「黄色いヘルメット」の歌が忘れられませんでした。
僕は掌に「つちだきくお」とマジックで書きました。
その日は終演時間には雨が降り、夏の仕事の汗とも混じって、つちださんの文字も消えてしまったのです。

僕はあの感動を忘れる事ができずにいました。

何年か経ちました。

独立して何とか生計を立てて、いつか「はいむるぶし」を心に頑張ってきました。
偶然にも、ちゅら島のHPを見ていて「つちだきくお」の文字を発見しました。

どうしても、あの歌が聞きたい。
その想いで、このメールを書きました。
何とかCDが手に入らないものでしょうか?
まずはメールで想いを伝えたくて。

おかげさまでこの不況時に、何とか頑張って仕事をしています。

でも浜松から「はいむるぶし」は遠く、とても自営業としましては、まとまった休みは取れません。
でも歌は聞きたいと言う想いはつのるばかりです。

突然のメールで申し訳ありません。
これからもっとつちださんの事を知りたいと思っています。
これからは、小浜島は素敵な季節になるのでしょうね。
「いつかは小浜島に」。それを胸に明日から頑張ります。

つちださんも、益々のご活躍期待しています。』

こんなメールだったのです。

それから数日後、「つちだきくお」からメールが届いたのでした・・つづく。
小浜島2



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この記事へのコメント

1. Posted by つっちーのファンだよ   2010年09月25日 10:00
つちださんのHPから、見にきました。
この文章、もらい泣きしましたよ。
つちださんのオリジナル曲は80曲くらいあるんだけど、僕が一番好きな曲は、黄色いヘルメット。
まさに地上の星っていうか、
山本さんには、会ったことも無いんだけど、
この唄から、生前の人柄や人生哲学が浮かんでくるよね。この人の存在を唄に込めて、永遠に語り継げる曲にしたつっちーも、たいしたもんだよね。
浜松?ヤマハの本拠地だね。3年前から三井不動産の所有になったけど、それ以前は、オープンからずっと、ヤマハリゾート「はいむるぶし」
当時の山本さんはヤマハの職員じゃないのかな。
なにかの縁かな。気のせいかな。
2. Posted by 中川 順次   2010年09月25日 10:28
5 サンボーイさん こんにちわ 今土田さんの掲示板から知り、クリツク拝見しました。
 私は兵庫県に住む70歳の土田八重山病患者に感染して11年になりますが、黄色いヘルメットは山本さんが神戸出身でもあり、大好きな1曲です。
 貴殿のお話を読み涙が出て感動しています。
ライトマンさんチバリよです。
 何時か何処かのライブ会場でお会い出来るのを楽しみにしています、いいお話をありがとう御座いました。
3. Posted by たかふ   2010年09月25日 13:30
はじめましてsunboyさん。そして浜松コンサートの開催に奔走してくれてミーハイユーです。絶対行きます。
僕は今年の夏休みにはいむるぶしに行ってつちださんのファンになりました。以来、つちだ型八重山病にかかっています。つちださんの歌って優しいんですよね。打ちひしがれてる時に聞いたらそりゃもう泣いちゃうと思います。うまく言えませんが人と人との間の大事なものを感じさせてくれるっていうか・・・。
sunboyさんも時間ができて小浜島へ行けるといいですね。高い確率で八重山病にかかりますが(笑)
ではコンサート当日を楽しみにしてます。身体に気をつけて下さいね。
4. Posted by sunboy   2010年09月25日 19:34
「つっちーのファンだよ」さんコメントありがとうございます。
僕も数多くあるつちださんの曲の中でも「黄色いヘルメット」は特別です。
当時ヤマハリゾートとして「つま恋」と「はいむるぶし」は交流がありまして、つちださんのコンサートも数回つま恋でありましたよ。

中川 順次さんコメントありがとうございます。
八重山病患者は多いですね。
またどこかのコンサートで会いましょう。
読んでくださってありがとうございます。

たかふさんコメントありがとうございます。
僕は小浜島には行った事はありませんが、石垣島から竹富島、西表島と数日間過ごしました。
船から小浜島が見えて、「あそこにつちださんがいるのか・・」としみじみ思ったものです。
小浜島にはサウナが無かったので西表島を選んでしまったのです(笑)
いつかは小浜島・・この思いは今も変わりません・・
ミーハイユー

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