遠くで汽笛を聞きながら・・「アリス」

「遠くで汽笛を聞きながら」作詞 谷村 新司/作曲 堀内 孝雄

悩み続けた日々がまるで嘘のように
忘れられる時が来るまで心を閉じたまま
暮らして行こう
遠くで汽笛を聞きながら
何もいいことがなかったこの街で


今日ヘアーカットに行った。

佐鳴台にある「ヘアークラフト」です。

もう十年以上も通っているのですが、マスターと話したのはここ数ヶ月。
センスの良い店内とマスターの腕の良さか、いつも予約を入れないとカットができない。
店内に流れているミュージックのセンスも僕好み。
僕はサウナと一緒で、カットしている時も余計な詮索はしません。
しかし何のきっかけか、マスターと話し込むようになり、今はカットより話しているほうが楽しくなってきてしまっています。

今日は僕の東京時代の話をしました。もうはるか昔のことです・・。


僕が通っている学校は蒲田にありました。
アパートは南武線「武蔵中原」から歩いて15分位のアパートでした。
多分家賃が3万5千円位でしたでしょうか。風呂無し、トイレも共同でした。
でも部屋は4畳半二間で台所がありました。
希望に満ち溢れ、僕は東京での暮らしを始めました。と言っても中原は神奈川県に位置していました。
一つ隣の駅が「武蔵小杉」でした。そこには渋谷へ行く東横線に乗れました。
渋谷まで30分の快適な場所でした。

俺を見捨てたひとを恨んで生きるより
幼い心に秘めたむなしい涙の捨て場所を
さがしてみたい
遠くで汽笛を聞きながら
何もいいことがなかったこの街で


僕は東京に行ったら何をしても許されると思っていました。
そして初めての一人暮らしに浮かれていたのでした。
当時「世良公則&ツイスト」がブレークしていて、僕は真っ赤なタオルを首にかけて、アロハでプカシェル(安物の貝のネックレス)をしてビーチサンダルをして学校に行きました。校門で「お前、何を考えているのだ!」と一喝されその日は退校させられました。

僕の思い描いていたキャンパスライフと少しずつ違ってきたのです。
なれない一人暮らし・・、ホームシック。
学校ではできない友達。真っ暗なアパートへ帰る寂しさ。
布団に入ると、南武線の振動が聞こえます。
「ガタン・ゴトン」そのレールを走る電車の音が望郷の念をかきおこしました。
あの頃僕は別れた恋人やふるさとを思い出し枕を涙で濡らしていました。

たまに同郷の友達が下宿に訪ねてきました。
その時の嬉しさは忘れられません。
故郷から送ってもらった「ジャガイモ」を塩で炒め、あの頃はサントリーのウォッカを水で薄めて飲んでいました。
ウォッカは安いわりにアルコール度数が高いので酔えるのです。
あの時ウォッカを飲みながら毎晩聞いていたのが、アリスの「遠くで汽笛を聞きながら」でした。

どうしてこんなに辛い思いをしなければいけないのか!
一人ってこんなに悲しいものなのか・・!
19歳の夜でした。※19歳でウォッカを飲んでいたの?

僕がはじめて知る人生の孤独と厳しさでした。

せめて一夜の夢と泣いて泣き明かして
自分の言葉に嘘はつくまい
ひとを裏切るまい
生きて行きたい遠くで汽笛を聞きながら
何もいいことがなかったこの街で

1976年(昭和51年)




人生には数え切れない程の分かれ道があります。
もしもあの時あの道を選んでいたら・・
もしも僕が東京にそのまま住んでいたら・・!
もしも・・
多分違った人生を送っていたと思います。

今は僕が選んだ道を正しいと思って生きています・・が
もう一度あの分かれ道に今立ったら・・

もしも・・なんて言葉は思い出に封じ込めたほうがいいのかもしれません。

今でも武蔵中原の風景は忘れる事ができません。
そうだ・・ぶらり旅で中原に行こうか・・?
その時は苦楽を共にした親友と行こう!

遠くで汽笛を聞きながら・・
今でもこの歌を聴くと鮮やかにあの頃が走馬灯の様に思い出され・・泣けて・・
深酒をしていまいます。



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この記事へのコメント

1. Posted by chucky   2009年06月17日 21:36
昨日はありがとうございました。誰にでもあるあのころの思い出。
俺にもありますよ。
今度、呑みながら話たいですね。自分は、何処へが好きだったな〜いろいろあったよな〜。呑みましょう!!今度!
2. Posted by sunboy   2009年06月17日 22:29
chuckyさん、コメントありがとうございます。
カラスと三人で飲みましょう。
手痛い二日酔いになるまで・・・
明日はこの髪型で合コン?に行ってきます。
3. Posted by chycky   2009年06月18日 08:29
合コンの結果報告まってますよ。
弾けてますね〜。
4. Posted by MamaSaru   2010年09月01日 21:58
鹿島田在住、53歳です。結婚してからここに来たので、28年くらいになります。南武線沿線もすっかり変わってしまいましたよ。開発が進み、中原あたりは高架です。いまだに、ふるーい喫茶店も残ってはいますが、やはり南武線は東横線とは違う雰囲気を保っています。小杉は横須賀線と湘南新宿ラインが両方止まる、ホットスポットになっています。
5. Posted by sunboy   2010年09月01日 23:11
MamaSaruさん、コメントありがとうございます。
僕が住んでいたところから玉川まで数分でした。
中原駅から少し離れたところだったのでしょう。
当時から、小杉は中原と違いおしゃれな街でした。
渋谷まで夜な夜な出ては徘徊してました。
懐かしいです。
そうだ!!この秋にでも・・中原・小杉・・南武線の旅に出てみようか・・。
もちろん夜の川崎もはずせません・・・(笑)

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