ALWAYS三丁目の夕日・・・(2)

そして、映画は始まりました・・・。

その前に、このエントリーを読むときにして欲しいことがあります。

まず、インターネットの左端ファイルをクリック、そこで新規作成にカーソルを合わせてウインドウをクリック。そうすると同じ画面が出ます。そこで「ALWAY三丁目の夕日」をクリック。画面が開くと、映画の音楽が流れます。その画面を最小化して音楽をBGMとして・・、このブログを読んでいただけると嬉しいです・・。

映画が始まり思ったことは、これは「三丁目の夕日」とは違うのだと感じました。「三丁目の夕日」をベースにした別の作品だと・・・。

僕がイメージしていた鈴木オートや一平は違うものでした・・。駄菓子屋の茶川さんもイメージと違いました。な〜んだ、やはり僕の「三丁目の夕日」とは別のものなんだ・・・と冷めた感情で見ていましたが・・、映画のストーリーが進むに連れて昭和30年代に引き込まれていきました・・・。

もちろん日本に戦争があったなんて子供心には知りませんでした。しかし、風呂場で湯につかるおじいちゃん、街中に行けば、戦争服を着た老人が前に鍋みたいなもの置きアコーディオンを弾いている風景・・。そして、何より父と母が子供ながらに戦争を体験してきたことでした。

しかし、多分その世界は、すでに昭和30年から40年に移ってきた風景だと思います。僕の物心ついた時代は昭和40年初期ではないかと今思うのです。しかしながら、昭和39年に開催された東京オリンピック・・・、新幹線開通はもわ〜とした記憶で残っているからです・・。
もちろん舗装された道は少なく、遊びはメンコ(浜松ではペッタン)、ビー玉、缶けりにじゅんどろ・・・、じゅんどろとは、巡査と泥棒を割愛して呼んだものです・・。いわゆる鬼ごっこですね・・・、。そんな世界が、「ALWAYS三丁目の夕日」を見ていて思い出しました・・・。

三丁目の夕日.jpg

見事にあの頃の風景を映し出していました。そんな、風景が、目の前のシネマスコープ(こんな言い方も古いね)に映し出され・・、不覚にも何気ないシーンでも涙が溢れてきました・・・。まさしくsunboyが一平になっていたのでした・・・。そうなったら、もう止まりません・・・。あの頃の自分に、そしてあの頃の世界に入ってしまったのでした・・・。

こうして思いをブログで書くことも無い時代でした。もちろんデジカメはおろか、自分の写真を移す時は、特別な時でした。思いを伝えるのは、メールでも電話でもありませんでした。ことばでした。そのことばを残したければ鉛筆で書きとどめることでした・・・。アナログなんて言葉では片付けられない時代がそこにはありました・・・つづく・・。

追伸・・・、父はサラリーマンでした。当時毎日決まった時間に帰ってきました。夕方5時半です。夏は子供たちと日が暮れるまで草野球・・・。冬は、酒屋の計り売りのコップ酒を引っかけ帰ってきました。寡黙ではない、その日が嬉しければごきげんでいやなことがあれば不機嫌で・・まことに明快なわかりやすい父でした・・・。



2005年12月03日Comments(0)TrackBack(0)Smile&Cry | MOVIE

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